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「オフレコだよ」といわれたことを真にうけて、その内容を書かないでいると「あの記者はだめだ」ということにもなりかねない。 日本では普通は、その情報をだれがしゃべったかを明らかにしない、という意味で使われることが多いようだ。
これだと国務省のdeepbackgroundに相当することになる。 アメリカでも初めからこのルールがあったわけで、はない。
ジャーナリストで、ホワイトハウスの当局者になったこともあるAが、オフレコをめぐる混乱をまのあたりにして、T政権時代にこれを整理し、あくまでオフレコにすべきものと、内容は伝えていいが、発言者には一切ふれないものとにわけた。 これがもとになっているので「リンドレー・ルーレ」と呼ばれることもある。
なお、バックグラウンドで行われたブリーフィングは腕利きの記者がすごい秘密情報をどこからか手に入れ、世界中に衝撃を与えるのもワシントンのゲームであれば、ふつうでは入手しにくい「部外秘」の情報を政治家や官僚が記者にこっそり流し、政治的、政策的目的を達成してほくそえんだり、それに失敗して泣くのも、またワシントンには欠かせないゲームである。 情報を記者に意図的に流すのがLeak(リーク)である。
Leakにあまりにも神経質になりすぎ、最後には大統領の職を棒に振ったのはN大統領だった。 1年前の1971年6月13日朝。

N紙を手にした人は度肝を抜かれた。 ベトナム秘密文書が掲載されていたのだ。
アメリカ政府はベトナム戦争が米国にとって正義の戦いで、いずれは勝利する、と公式発言を繰り返していたが、かなり初期からベトナム戦争に対する疑問を政府関係者、それも国防総省の高官たちが持っていたことがこの秘密文書で明らかにされた。 そのことは1995年になってから、当時の国防長官でベトナム戦争遂行の責任者であったRが、ベトナム戦争終結後20年たってandLessonsofVietnam(振り返ってみて、ベトナムの悲劇と教訓)という書物の内容からも明らかだ。
しかし、N紙上でベトナム秘密文書の連載が始まった時、アメリカ人はもちろん、世界中のほとんどの人がアメリカ圏内の反戦の動きにもかかわらず、米国が戦争を続けていくだろうとみていたから、この報道の衝撃は大きかった。 2週間ほどたって、国防総省でひそかにこの文書の作成にかかわっていたD・E博士が、問題の文書をLeakしたのは自分だと名乗りをあげた。
ベトナム戦争を早く終結させることが米国の国益にかなうと信ずるようになった博士が、この文書を国民の前に明らかにすればベトナム戦争反対の声が高まり、不幸な戦争が早く終わると確信し、そのためにかねて戦争反対の立場から報道していたL記者にLeakしたのだった。 膨大な資料はS記者はじめN紙の特別班の記者団が時間をかけてまとめ、紙面に掲載された。
E博士のねらいは的中した。 しかし、ベトナムからの名誉ある撤退を考えていたN大統領は、国家安全保障上、極めて重要とみられるこうした文書が、やすやすと新聞の手に渡り、堂々と掲載されるのには我慢がならなかった。
N紙だけでなく、まもなくW紙やほかの有力新聞も追随した。 1971年7月17日、A大統領補佐官は内政問題会議スタッフの若い弁護士Eを、このリーク問題担当の長に据えた。
K補佐官の下の「弁護士のDが自分たちの仕事はリーク(水漏れ)を止めることだから、自分は「鉛管工」(Plumber)だと冗談をいい、鉛管工という看板を自分の部屋に掲げたことを、私はその1年半後に初めて知った」とN大統領は回想録で述懐している。 このグループがその年の9月に、E博士が通っていた精神科医のオフィスに押し入札さらに翌1972年6月民主党全国委員会の事務所に侵入して捕まり、ウォーターゲート事件の端緒となったのである。
このグループはホワイトハウスの西隣にある大統領府事務局ともいうべき OEOBの地下にあるRoom16(16号室)に事務所を構えた。 しかしN大統領のスピーチライターだったWが1989年に所用でこのビルに行った時、両隣の15号室、17号室はちゃんとあるのに、16号室がなくなっていたのに気づき、都合の悪いことは消してしまおうとした結果だろうか、と嘆いている。
N大統領はこのほかにも部下のLeakには厳しく、時にはK国務長官にもLeak元に違いないとの疑いの目を向けていたが、自分ではせっせとLeakを利用した。 米国と北ベトナムのパリ秘密交渉が始まったばかりで、米国内の反戦運動が激化していた1969年秋、N大統領はハノイとハイフォンへの大規模爆撃など、北ベトナムに最大の軍事圧力をかけるOperationDuckHook(ダックホック作戦)を練りあげ、それを議会の共和党幹部に知らせた。
この作戦のことが新聞にでたため、議会の幹部はこれほど重要な情報をだれが漏らしたのかと大いに嘆いたのだが、Leakしたのは実はN大統領自身で、ハノイに米国の決意を知らせる目的だった、と回想録で述べている。 こうなるとN大統領にとって、Leakが悪いのではなく、自分以外の者がLeakすることが悪いと考えていたことになる。
人がいて秘密があればLeakが起こりうるから、Leakの歴史は人の歴史とともにあったといえるだろう。 アメリカ議会の動きを追う雑誌CongressionalQuarterlyの年鑑GuidetoCongress(1971)によると、アメリカ議会の記録をひっくり返していると、1844年5月11日にオハイオ州選出の上院議員B・Tが「部外秘扱いとするよう上院が決定していた文書を新聞の掲載に供したが、これは上院の権威を無視した規則違反であり、譜責(けんせき)処分とする」との決議が採択されたという。

T議員はまだ秘密扱いだったテキサス併合条約をN紙に流し、それを認めたのだった。 T議員のLeakの意図がここではわからないが、知っている秘密が重要であればあるほど、それを知りうる立場にある人は、外に漏らしたくなるものだ。
「インサイダー」意識と「自分は重要人物だ」という自慢したい気持ちが働いても不思議ではない。 しかし重要な秘密を知ってしまえば、どこかでそれを漏らしてしまわないともかぎらない。
意図しなくとも、ふとしゃべってしまい、後で大きな問題になるのではたまったものではないだろう。 だから国家的秘密を知りうる立場にありながらも、あえてそれを知らないほうがいいと判断する人もでてくる。
TheDictionaryofEspionage(スパイ語辞典)によると1960年代、たぶん防諜のためだったのだろう、時のACIA長官が郵便物開封作戦を実行しようと思った。 配達前の郵便を手に入れるには、やはり郵便の最高責任者である郵政長官に話しておかねばならない。
「重要な話がある」とD長官は郵政長官にもちかけた。 相手がCIA長官だから、危ない話に違いない。
そう判断した郵政長官は「私が知っておかねばならないことか」とD長官に聞いた。 CIAの責任者は、必ずしもそうでないといったので郵政長官は話の内容を聞くのを断った。

不思議に思ったD長官に、郵政長官はその問題がかりにLeakされ、報道機関がもし報じたら、その内容を知っている自分はただちに疑われるから、と説明したという。

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